湯気の向こうで、赤いソースがとろりと揺れた。
カウンターから聞こえる油のはぜる音。ポテトが油の海で軽く踊るその瞬間、僕の嗅覚は十数年の取材記憶を呼び覚ます。
全国200店舗以上を巡ってきた中で、何度も見てきたこの光景――それでも、「ケチャップ、多めでお願いします」と伝えた瞬間にだけ訪れる、あの独特の“やわらぎ”は説明がつかない。
食の心理学では、人が「多め」や「少し特別」といった選択をしたとき、自己回復ホルモン(報酬系)が穏やかに反応すると言われている。
つまりあの一言は、味の好みではなく、心のコンディションを整える合図なのかもしれない。
――なぜ、ポテトにケチャップを“多め”に頼むだけで、僕らの心はこんなにもほぐれていくのだろうか。
この記事の要点
- 「ケチャップ多め」は、安心記憶を呼び戻す合図=コンフォートフードのスイッチ
- “多め”と選ぶ行為が、小さな自己許可と回復をもたらす
- 赤(ケチャップ)×黄(金色ポテト)の配色は、食欲と安心を視覚的に喚起
- チェーンの現場には、規格の中に宿る人の温度がある
第1章:ポテトとケチャップの「原風景」

僕はこれまで、全国のチェーンを200軒以上まわってきたけれど、どの街でもポテトを口にする人の顔は、不思議なくらい似ている。
ほんの一瞬、みんな“子どもの顔”に戻るんです。
フライドポテトの「初めて」を正確に覚えている人は少ないでしょう。
でも、記憶の棚を少し揺らせば――ショッピングモールのフードコート、誕生日のハッピーセット、部活帰りのマック。
あの紙袋の温もり、手に残る塩気、指先の油の香り。ポテトは、ただのジャガイモじゃない。
それは、誰の人生にも共通する「無条件のご褒美」なんです。
心理学の世界では、こうした“心を慰める味”をコンフォートフードと呼びます。
味覚と記憶は脳の同じ場所で処理されていて、甘酸っぱいケチャップの香りを嗅ぐだけで、幼い頃の食卓やドライブスルーの笑い声が一気に蘇る。
この仕組みを初めて知ったとき、僕は鳥肌が立ちました。
あの「ケチャップ多めで」と言う瞬間に、僕らはただソースを増やしているんじゃない。
**自分の原風景を、もう一度すくい上げているんです。**
湯気といっしょに立ちのぼる甘酸っぱさが、
“あの日のテーブル”をテイクアウトしてくる。
第2章:“ケチャップ多め”がもたらす「自己許可」

正直に言うと、僕はこのテーマを書きながらニヤニヤしていた。
「ケチャップ多め」なんて、たった四文字のリクエストなのに、人の心理をここまで映す言葉はないからだ。
「多めで」と伝える行為は、ほんの数秒のやりとり。
でもその瞬間、人は無意識のうちに自分へこう言っている。
――“今日は、ちょっとくらい甘やかしてもいいよ”って。
ファストフードのカウンターって、意外なほど“自由”がある場所なんです。
塩を控えめにしたり、ソースを別添えにしたり、ケチャップを追加したり。
あの短い注文の裏には、「自分仕様にしたい」という、ポジティブな欲求が潜んでいる。
しかもこの「自分で選ぶ」行為こそが、心理学で言う自己決定感(self-determination)を満たし、幸福度を上げると実証されているんです。
全国の店舗を取材してきた中でも、この“小さな選択”を大切にしているスタッフに何度も出会った。
「多めですね、わかりました」と笑ってくれるその一言で、客もスタッフも、なぜかちょっと幸せそうになる。
それって、単なるサービスじゃなくて、人と人が“ゆるく許し合う瞬間”なんですよね。
「ちょっと多め」――それは、社会でがんばる自分に出す、やさしい処方箋。
第3章:赤と黄の誘惑 ― 色が心をほぐす科学

ケチャップの赤と、ポテトの黄金色。
取材で何百枚も写真を撮ってきたけど、この色の組み合わせには毎回ゾクッとする。
だって、これは人間の“食べたい本能”を見事に突いてくる色なんです。
赤は情熱や注意を引き、血流を促す“動の色”。
黄は幸福感や親近感を与える“陽の色”。
この二つが並ぶだけで、僕らの脳内ではドーパミンが静かに反応する。
つまり、ポテトとケチャップを前にしたときに感じるあの高揚感――科学的にもちゃんと理由があるんです。
マーケティングの現場では「ケチャップ&マスタード理論」と呼ばれていて、
マクドナルドやモスバーガーなど、多くのブランドがこの色を戦略的に使っている。
でも僕が惹かれるのは、理論よりもむしろ“その効果を肌で感じる瞬間”だ。
紙袋を開けたときの赤と黄。
それを見ただけで、「ああ、今日もちゃんとご褒美をあげよう」って思える。
その視覚的な安心感が、ポテトを“ただのジャンク”から“日常のセラピー”に変えてくれる。
赤は合図、黄はやすらぎ。
この2色が揃うだけで、心のエンジンがかかる。
第4章:チェーンの中に宿る“人の温度”

チェーン店って、どうしても“マニュアルの世界”だと思われがちですよね。
でも、僕は取材で何百軒も回るうちに、むしろその中にある人の裁量と温度にワクワクするようになった。
あるマクドナルドで「ケチャップ多めで」と頼んだとき、
若いスタッフがにこっと笑って「もちろんです!」と答えてくれた。
トレイを受け取った瞬間、その“もちろんです”が、ポテトよりも心に沁みた。
こういうやり取りって、ほんの数秒なんですよ。
でもその数秒で、店が“ただの販売所”から、“誰かの居場所”に変わる。
規格に沿って動いているようでいて、実はちゃんと人が人に向き合ってる。
僕はそれを見つけるたびに、「ああ、この仕事やっててよかったな」って思うんです。
ファストフードの現場には、ルールの中に小さな“余白”がある。
その余白をどう埋めるかで、チェーンの印象はガラッと変わる。
「ケチャップ多め」を断らず、ちょっとだけ多めに入れてくれる――
その行為ひとつで、お客さんは「ここは自分を分かってくれる場所だ」と感じる。
つまり、チェーンの価値って“均一さ”だけじゃない。
“同じ味の中で、どう人が寄り添うか”という文化なんです。
そこに僕は、いつもたまらなく惹かれてしまう。
実際、モスバーガーやドトールの本部の方と話していても、
「一番の財産は“人が介在する接点”なんです」と皆さん口をそろえる。
僕はそのたびにうなずきながら、「やっぱりチェーンって、冷たいどころか“人の集積体”なんだな」と思う。
取材を重ねるほどに、僕は確信している。
ポテトの温度を上げているのは、油でもなくマシンでもない。
――そこに立つ人の“手のぬくもり”なんです。
第5章:ポテトで取り戻す“日常の余白”

取材を続けてきて、僕がいちばんワクワクするのはこの瞬間だ。
揚げたてのポテトをつまみ、ケチャップを“多め”につけて口に運ぶ。
カリッという軽音、鼻に抜ける香ばしさ、甘酸っぱさが追いかけてくる。
――もうこの時点で、取材なんかどうでもよくなる(笑)。
この数分間、肩書きも肩の力も全部いらない。
誰でもなく、ただ“ポテトを楽しむ自分”に戻れる。
それって、意外と難しいことなんですよ。
社会の中では、常に誰かの役割を演じてる。
でもポテトの前では、みんな平等に“ただの人”に戻れる。
僕はそれを日常のリセットボタンだと思ってる。
ケチャップを多めにするという小さな行為が、
自分を大切にし直すサインになる。
紙袋に油染みが広がるのを見て、「ああ、今日もちゃんと生きたな」って思える。
たぶん、あの瞬間を共有できる人こそが、同じ時代を生きてる仲間なんだと思う。
「ケチャップ、多めで。」
たったそれだけの一言に、いまの僕たちが求める“やさしい余白”が詰まっている。
忙しい毎日の中で、そんな余白をちゃんと味わえる人は、きっと明日もちゃんと笑える。
そしてもしあなたが、この記事を読んでポテトを食べたくなったなら――
それはもう、僕の勝ちです(笑)。
FAQ
Q1. 「ケチャップ多め」と頼むのは迷惑?
これ、現場でよく聞かれます。
実際にマクドナルドやモスバーガーのスタッフさんにも取材しましたが、「多めにできますか?」というお願いは全然珍しくないそうです。
各社にはもちろん提供基準がありますが、別添え・個包装・追加対応など、柔軟に受けてくれる店舗も多い。
ピークタイムを避けて、「少し多めでお願いできますか?」と伝えるのがスマートです。
実はスタッフ側も「その人の“こだわり”を聞ける瞬間はちょっと嬉しい」と話していました。
僕も現場でその笑顔を見るたびに、「あ、これがチェーンの温度だな」と思うんです。
Q2. ケチャップ以外のソースが欲しくなるのはなぜ?
これは本当に面白いテーマです。
食の心理学では、味の嗜好はストレスや気分で変化すると言われています。
たとえば、疲れているときは甘味を、集中したいときは酸味を、
そして「ちょっと刺激が欲しい」と感じるときは辛味を求めやすい。
つまり、「今日はバーベキューソースにしようかな」と思うその瞬間、
あなたの体はちゃんと“今の自分に必要な味”を選んでいるんです。
ファストフードのソース選びって、意外と深い。
取材で知れば知るほど、「人の舌はよくできてるなぁ」と感心します。
Q3. 店員さんとのやり取り、どうすれば気持ちよくできる?
これは僕の経験から言うと、“目を合わせて頼む”だけで世界が変わります。
たとえば「ケチャップ多めでお願いします」と言いながら、
相手の目を見て軽くうなずくだけで、店員さんも自然と笑顔になる。
ほんの数秒のコミュニケーションですが、
その空気のやわらかさが、ポテトの味まで優しくしてくれるんですよ。
取材のたびに思うんです。
――結局、どんな味よりも心を動かすのは「人とのやり取り」なんだなって。
参考・引用(権威ソース)
Humanitas University: Why do we crave comfort food?(英語)。コンフォートフードが安心感や幼少期の記憶と結びつく理由を、行動科学・神経科学の観点から要点整理。ストレス時に高エネルギー食品へ手が伸びやすい背景の理解に役立ちます。
Nutrition & Foodservice Edge(ANFP): The Brain Science Behind Comfort Foods(PDF/英語)。報酬系(ドーパミン)と快適食の関係、気分改善の仕組みを平易に解説。現場でのメニュー設計・提供現場の示唆も得られます。
Psychology Today: 5 Reasons Why We Crave Comfort Foods(英語)。選好・選択の心理からコンフォートフード欲求を多面的に解説。自己許可・自己回復という視点の補強に有効です。
Business Insider: How Fast Food Chains Use Color to Make You Hungry(英語)。ファストフード業界と赤・黄配色の関係を紹介。視覚刺激が食欲・親近感に与える影響をケースで理解できます。
Spence, C. (2017) Comfort Food: A Review. ScienceDirect(英語)。学術的レビュー。コンフォートフード研究の俯瞰により、記憶・感情・嗜好の相互作用を理論的に参照できます。
※実店舗の提供ルールや追加対応は時期・店舗で異なります。混雑時のお願いや衛生面の配慮は店舗指示に従ってください。本文は一般的傾向・研究知見に基づくもので、個々の体験は異なる場合があります。
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